センボウにっき

カタチにしていくカテイ

カタチにします

何かと「結論ファースト」と言われるため結論ファーストから書くと、

 カタチにしていかなくてはいけない

ということからこのブログを始める。

 

何かと色々考えているけどいざ何か表現する場になると何も浮かばないし何もしゃべれないというのがこの男である。

 

そんな夢想家(意味はあってるのか???)のぼくが、就職活動という人生の分岐点の真っ只中に立ったこの時点において、カタチにしていくことを見つめなおして、再確認してこうというわけである。逃避行為とも捉えられる所業である。

 

こうやって書いてみると、アウトプットにもいろんな方法がある。

それはメディアのスタイルによっても変化してくるものであろう。

 

伊藤計劃っぽくやると(っぽくはならないけど、マネしてみると)

 

日記。

そう、日記だ。手という入力装置でキーボードという入力装置をやたらいに弄ることで自身を言語化していくこの作業。この作業の中で、ぼくの本質は手とキーボードと文字を経由することで具体化されていく。むしろこの画面の中の文字の羅列がぼくのような気がしてならない。いやそもそも、ぼく自身が――――

 

違う感じがすごい(語彙力)

伊藤計劃はとにかく体と心の分離を感じさせるということでこの文章にしたけれど、何か違う気がしてならない。個人的には「インターフェースでインタフェースを~」といういかにもな文章感を想って書いたが、どうやらアウトプットの技術が足りないらしい。

 

これを背伸び大学生風にやると。

 

日記を書こうと思う。

私のこの成長の記録を、残すことで、そしてそれを見返すことで、大きなバネになると思うのである。とにかく成長したい。社会人として一人前になりたい。企業したい。銀座に行ってみたい。そんで帰り道で意気投合して飲んだオジサンが実は大企業の社長だったりなんかして、地方営業所の所長をひょっこり任されちゃったりして、そんでそっから社長とかになっちゃうサクセスストーリーを思い描くのである。そして希望に満ち満ちたションベン臭い就活生に向かって自身の半生を語り、演台に隠れた自分の下半身が先走り汁でベトベトになるくらいの経験をしたいのである。そのためのバネがこれなのだ。とにかく自分自身をマネジメントしてPDCAをセルフで回してソリューションをプロポサルするとともに結果にコミットしたいのである。

 

これを書いた男はよっぽど説明会で何かを感じたのだろう。コンプレックスをホテルから出たてのホッカホカカップル並に湯気にして感じさせる。

 

アウトプットするスタイルをカタチ作るのはなんなんだろうか。前者は小説家の文体から。後者は背伸び就活生のダダ漏れ文体から。では後者の大本はどっからくるものだろう。成長とか生きがいとかを掲げながら、その実その言葉を上手く配置して全体のカタチにしたときにはえずくような顕示をモヤモヤと発するその文体は、どこから来るのだろうか。

歴史学科の自分としては、入る学科を間違えたような気もしてきたわけで。

 

とにかくこの通り日記というわけで、日々思ったことをカタチにしていく。

読み返しても稚拙で経験不足だが、まあ公開自慰表明としては十分。

 

カタチにしていこうと思います。