センボウにっき

カタチにしていくカテイ

フォースがジェダイを滅ぼしたがるのもよくわかる。

 


映画「スター・ウォーズ エピソード Vlll /最後のジェダイ」日本版予告

 

例えば40人のクラスの中でとってもカリスマ性のある人がいたとします。名前を出川哲郎といいます。出川がリアクションすればみんな笑顔になっちゃうくらいのカリスマだとします。ドロイドもクローンもみーんな出川の味方。

 

そうなるとやっぱり、出川のカリスマ性に対して色んな解釈がされちゃうと思うんです。

 

「滑舌の悪さは現代の汚染された空気に順応しきれていないからだ」

「『やばいよ』はアナグラムである。『刃よ』のアナグラムである。故に我らは戦わねばならない」

「嫌がっているのに熱々のオデンを食べるのか。断っているのに、実行する。相反することのようで一体であることの表れである」

ダチョウ倶楽部という概念もどうやらあるらしい」

 

人間のもつ想像力がハイパースペースに入り込んでどこまでもどこまでも進んでいく。そして膨らみ変容する出川哲郎像。

 

問題は、本人に何か信条というものがあるというわけではないということなんです。ただ出川は生きているだけ。出川はこのクラスで生命活動をしているとしか思っていないわけです。呼吸と同じ感覚で「やばいよやばいよ」ってのたまって熱々のオデンを食べるわけです。肛門から酸素を入れて腕相撲とかするわけです。

 

そんななかで出川哲郎を信望する騎士団と、出川哲郎の陰部を信望するカルト集団が表れちゃって。

出川の陰部を支配するような輩なんかはたま~にクラスを牛耳ったりなんかして。それもことごとく騎士団が抑えたりして頑張るんです。やだもんね。

 

出川からすればたまったものじゃないのです。自分の行動がなんかすごい解釈されてる。すごいもうなんか木製の俺の男根が崇められてる。やばいよやばいよ。

 

だからそれを打倒する騎士団は嬉しいし支持する。わりとあらゆる局面で力を貸すんです。さあ!ぼくの尻を叩くんだ!とばかりに。

ただ、そこで思うわけです。「じゃあ騎士団はなんだよ」「こいつらが結構争いのもとになってね?」と。

 

出川の陰部大好きカルト集団は、出川大好き騎士団の異端児でしかないのです。

 

そこで出川はこう思うんです。「みんな滅んじゃえばいいのか、、、、」

出川がそう思いだした四十年後とかに騎士団の1人も思います。「俺たち、滅びるのが正解なんじゃないか???」出川であろうとすること自体、出川と一体になろうとすること事態がすでに出川の存在を脅かすものであり、そこで到達した出川は出川ではなく、「出川に近づいた何か」でしかないというわけで。

 でも騎士団がそう思った時には、クラスも何回か担任が変わったりそれこそ学級崩壊したり独裁されたり派閥が出来ていたりしてボロボロになっているんです。

 


「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」特報

 

以上これを見て思ったことでした。

「フォースにバランスをもたらす者」であるアナキンがダークサイドに転向してしまったのは、悲劇でもなくまさに予言通りである、っていうのはそうだなあ、と思う日々です。スカイウォーカー一族の運命は恐らく、フォースに波風を立てるやつらの全滅まで続いていくんでしょう。なぜならスカイウォーカー一族の人間のミディクロリアン構成率はハンパがないから。そうであろうとしてしまうから。

 

出川が尻を出すように。